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音の無い世界【その他】 [音の無い世界【その他】]

しゃかしゃか
かしゃかしゃ
かさかさ
さっさっ

音がする。

ぱたぱた
ばたばた
ドタバタ
どしどし

歩く。
人の歩く音。

カツカツ
ガツガツ
ツカツカ
そろそろ

歩いている。
体調や気分が何となくわかる。

のろのろ
ずりずり
ぽてぽて

体型も…何となく、わかる。


あたしは、あまりしゃべる方ではない。


この世は音に溢れている。
その音にかき消されるように、あたしはあたしから音を出せない。

ぬいぐるみ並みに、じっとしているだけ。



ドンドンっ
ガタン!
ばんっ
どすっ。


「ホント、亜子って、喋らないよね!」

「…そんなことは無いけど…。」

ひとり、遅れてきた友人がテーブルに着いた。


最近出来た、新しいカフェ。

周囲は若い男女でいっぱいだった。
あちこちで、きゃはは…と、楽しいそうな声が響く。

友達の和に入っていても、あたしは傍観していた。

「そんなこと無いよねぇー。」
友人の中の一人が、私に味方する。

「う」
ん。という間に、誰かが話し出す。

「あんたが来るまで喋っていたんだよ!」
「何よそれー!」
友人たちは遅れて来た彼女をからかう。
「ちゃんと仕事できているのか、気になって、みんなで聞いていたんだよ。」
そう。確かに。
皆に心配されて。

「そうだよー!みんな、亜子の事心配してるんだよ!それで?ちゃんとやって
るの?」

私は、さっきも話した内容を話そうとした。
「意外と、出来ているよー…」
仕事の内容は、覚えてしまったら、その繰り返しだし…。と、説明する前に誰かが話す。

「結構同じことの繰り返しなんだって。」
「ちゃんと出来ているみたいだよ。ね!」
「う…うん。」
「そうなんだぁ!亜子、物覚え早いもんね!良かったねー!心配なさそうー。」
「あ…」

でもね、やっぱり人付き合いは苦手で…まだ周囲の人とは距離感があって…。

「私なんてさー、頭悪いから、全然覚えられなくて、嫌味な先輩に目ぇつけられっぱなしでさ!何しても文句言われるの。あれって、もう目の敵にしてるよね。教え方もイマイチ良くわからないくせに、まだ教えてもらって無い事も『そんなことも出来ないの!?』的な感じで怒られるの。腹立つー!あ、私もこれ、下さーい!」

あたしも、周囲のみんなも、明るく愚痴を言う彼女の話を、笑って聞いていた。

自分の事と置き換えて。

彼女の表現は明るく楽しい。上手にみんなの興味を引く。
まるで、皆の気持ちを代弁をしてくれるように、悟り、語り、私たちはそれに共感する。

話題は移っていく。

「どこも似たようなもんかなあ…。何か、いかにもって感じで目を付けられたら、こっちもやる気なくすよねー。あーあ、明日の仕事嫌だなー!」
「明日仕事なのー!?かわいそうー!日曜日なのに、休みじゃないの?」
「そうだよー!」
「休みちゃんともらえているの?」
「うちの会社人使いが荒くて…」
「…」

「…」

ざわざわ
がやがや
きゃははは


時々、何の話しも入って来なくなる。


うぉっほん
かしゃーん
ぶぉおおおおん



喧騒だ。


どの音も、喧騒に聞こえる。



それでも、あたしは笑って、彼女たちの話を聞いていた。
彼女たちはどうしてそんなに、楽しそうに話せるのだろう?

どこにも音があるから、音で溢れているから、私は静かにしている。
静かにし過ぎて、しゃべる力を使う事さえ、衰えてきた気がする。



いつからこうなんだろう。



窓の外に見える、カフェの脇に、静かに立っている樹が、そよそよと、あたしに聞こえない声でささやいている気がして、そっちが気になっていた。


「亜子?どこ見てるの?」
「え?」
現実に引き戻された。

「行くよ!」
「え?どこに…。」
「聞いて無かった?映画見に行くよ!」
「あ、ああ、うん…。何見るの…?」
と、言った質問も何処かへ消えたようだ。

「それでさぁー、あいつ言ってたよ、今度会おうって!」
「何それー!腹立つの!」
「気があるんじゃない?」
「やだやだー!」

それ以上、質問をするのを止めた。

みんなで、支払いを済ませて店を出る。



ざざざざ
ぱさぱさ
あははは


あれ…どうしよう…。


「亜子!?」

「あ…。」
少しめまいがして、ふらついた。
それと同時に、手足の感覚がしびれて、身体の力が抜けてきた。

「大丈夫!?」
側にいた友人に支えられた。
「指が冷たいよ!?」
吐き気がする。
「あ、うん…。」

「調子悪そうだね…貧血?」
「うん、顔色悪いよ。」
「そ、そう…?」
実際は、立っていられないほどだった。
その場に、崩れ落ちたい。

「映画止めた方がいいね。」
「ここに座らせてもらおうよ。」
カフェのオープン席だった。

皆に手際よく支え、誘導され、あたしはカフェの席に座った。

友人の中の一人が、店員に声を掛けた。
「すみませーん、この子具合が悪くて…ここで、少し休ませてもらってもいいですか?」
「あ、はい、どうぞ…。…大丈夫ですか?」

あたしは、目の前が歪んでいて、周囲がどんな状態なのか、全く分かっていなかった。

だけど…

その、店員さんに、音が無かった。

それで、ふと視線をあげて、その人が誰なのかを探したけど…誰なのか見当もつかない。


「亜子…疲れてるの…?仕事、やっぱり無理してるんじゃない?」
ひとりが、近くにあった店のパンフで、あたしを仰いでくれた。
「私が無理やり誘ったから…?体調悪いのに、無理して出て来てくれたの?…ごめんね。」
周囲があたしを気づかってくれている。

ありったけの力を振り絞って、笑顔を見せる。

「違うよ。ごめんね、ちょっと風邪気味だったのかも…。…今日の映画は皆で行っておいでよ。」
「えー悪いよー。」
「…でも…せっかく集まったんだし…勿体ないよ…。私は、また今度でいいから…。」

「…そう?」
「亜子は?大丈夫?家まで送る?」
「…大丈夫。ここで、休んでから…タクシー乗って帰る。」
「…そう?」
「亜子、お土産何がいい?今度持っていくね。」
「…うん。ありがとう。」

もう、笑顔を見せるだけで精いっぱいだった。

皆を笑顔で見送る。



あたしは、いい子じゃないなあ…。

あんなに皆、あたしの事心配してくれているのに、あたしは、皆が去ってくれてどこかほっとしている。

まだ少し残る吐き気を、隣りの樹を眺めて、紛らわし、やり過ごそうとしていた。


「あの…大丈夫ですか?…お水、ここに置いておくよ。」

はっとして、振り返った。

真面目そうな(堅そうな)、だけど、どこか爽やかな印象を与える男の店員さんだった。

さっきの人だ。音の無い人。
いや、音が無い訳では無い。
あたしが、不快だと感じる音を、持って無かった。

声のせいかなぁ…。

ネームを見ると「masaharu sawai」と書かれていた。


「すみません…。…ありがとうございます…。」
「お友達は帰ったんですね…。」
「あ、はい…。」

まるで、あたしは友達に置いて行かれた人みたいだ。

少し居心地が悪くなった。

「あの…もう出ます…。」
と、立ち上がったが、まだ手先に血の気が無い。
「ああ、いや。テラス席は空いているから、ゆっくり休んでいて大丈夫ですよ。」
と彼は店から持って来ていた、ひざ掛けを差し出した。

「…すみません…。」
「…何かあれば呼んでください。」
と、不器用な感じがする彼は、控えめににこっと笑った。


こういう人も、いるのだと思った。


あたしの知っている人たちは、自分の存在感を存分にアピールする。
華やかに演出して、自己主張する。

それを上手に出来ない、あたしみたいに、彼もそうなんじゃないかと思った。
だけど、あたしが存在感を隠しているのとは、まるで違った。

家に居ても、職場に居ても、友達の中に居ても、主張をする事を諦めてしまって、まるで心の無い置きっぱなしのぬいぐるみみたいに、『ただ、そこにいるだけ』じゃなく、

控えめながら、周囲に嫌な印象を与えず、凛として、軽やかに存在を示している人もいるのだと思った。


店内に戻ろうとした彼を思わず引き留めてしまった。

「あの、まさはる…さんは…」
「えっ」
と、彼は驚いた。
「ネーム…」
「あ、ああ…。」

あたしはそこで、何をなんで口走ったのだろう。

「あの…接客好きですか?」
「…」
何を…聞いているのだ…?
自分も接客業だからか?

気持ち悪さが、あたしの理性を飛ばしていた。

「こんな事言って…いいのかな…。」
彼は、私の質問に警戒してか、表情を見せなかったけど、ゆっくり、静かに話してくれた。

「俺は、元々、人と話すのが苦手なんだけど…」
あ…やっぱり…あたしと同じだ…。

「…ある人…が、いて…。」


「その人が、明るくて、面白くて…大人なのに、ホントいつも、ふざけた事ばかりしているような人なんだけど…」
その人を想ってか、少し笑顔が見える。

「彼女が職場で接客をしている姿を見た時に…なんていうか…すごく一生懸命で…」
彼は、彼女を想って言葉を選んでいた。

「普段とは対照的に…真面目で、格好良くて、…それが素敵に見えたんだ。」
あたしには、彼の瞳が輝いて見えた。

「多分、俺が今、ホールに出ているのは、その人の影響かな。でも、苦手だよ、接客。本当は、厨房に入りたいんだけど、ホールだって必要な仕事だからね。…って、お客様を前にして言うのもおかしい話だよね。」
と、彼は笑った。

さっきまでの気持ち悪い気分は、何処へ行ったのだろう。

愛の告白を聞いたわけでは無いけど、
彼女へのリスペクトと、真っ直ぐな想いが、あたしの気分を爽やかにさせた。

「…彼女と、上手くいくといいですね。」
と、あたしもほのぼの笑った。
応援したくなったのだ。

カサカサカサ…

隣りの樹も、小さな葉を幾つも細かく揺らした。


「はは…まさか…。…実は、すごい嫌われているんだ。…でも、ありがとう。」
と、彼は苦い顔をした。

あたしは、そんな暗い表情を飛ばすように、軽く笑った。
「そんな事無いですよ。まさはるさん、すごく感じ良いですよ。」
と言うと、彼もお世辞を返してくれた。

「君もね…何かしゃべりやすい雰囲気だっただから…つい…誰にも言って無い事までしゃべっちゃったかも…。」
と、彼は、ははっと笑った。


ざざざざざー


風が、強く吹いて、樹の枝も大きく揺れた。
それが、周りの音なのか、自分の中の音だったのか…わからない。


「具合悪いのに、ごめんね。ゆっくり休んで行っていいから。そのままにして帰って行っていいからね。」
「あ、すみませんでした…。お仕事中の忙しい時に呼び止めて…。」

そして彼は最後に、
「どうもありがとう。」
と、真っ直ぐな目であたしを見て、店内のホールへ戻って行った。



どこか、胸の奥できゅっと音が鳴った。



彼のセリフが耳に残る。


しゃべりやすい雰囲気があたしにあるって?

あたしは、周りの話を喧騒だと思っていた。
もしかしたら、その喧騒はあたしが創りだしていたものだったのかもしれない。
彼女たちは、あたしに心を開いてくれていたという事なのだろうか。

あたしは、恵まれている…。

こんな不器用なあたしを理解して、心配してくれている友人たちがいる。
家族がいる。
職場がある。

あたしは、恵まれている事を、感謝の気持ちを、周囲の人たちに、ちゃんと伝えているだろうか。
受け止めているだろうか。


色んな事で疲れて、心が歪んでいた。
余計な雑音を聴きたくなかった。

だけど、彼の声が私に気づかせてくれた。

世の中にはまだ、聞かなきゃいけない音がある。



それから。

あたしは、時々、音の無い世界で、自分の心に耳を傾けてみる。
置きものの人形のように。

そう。
独りよがりな考えは捨てるため。

自分の本当に望んでいる物はなんだろう?
相手が本当に求めている事はなんだろう?

嘘や見栄で、大切な物を見失っていないだろうか?
受け入れ難い現実を、自分の声を、無視していないだろうか?

自分は間違っていないと意固地になって、大事な事を聞き逃してないだろうか?
喧騒の裏にある理由や本心を見抜がしてないだろうか?



あたしは、彼に会いに、もう一度あのお店に行った。
一度しか会った事の無い彼に、お礼を言いたかった。


彼は、お店を辞めていた。


彼女のいる町へ行ったのだと、
カフェの樹がこっそりと教えてくれた。

乾いた葉の音が、
かすかにあたしを慰めてくれる。



そうだね。

きっと彼なら上手くいくはず。

見ず知らずのあたしに告白するくらい、彼女の事が好きなのだから。


                      おわり

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